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名古屋高等裁判所 平成8年(ネ)1095号 判決 1998年4月22日

長野県松本市芳野一九番四八号

控訴人(附帯被控訴人)(以下、「控訴人」という。)

キッセイ薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

神澤陸雄

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

右輔佐人弁理士

川上宣男

名古屋市西区児玉一丁目五番一七号

被控訴人(附帯控訴人)(以下、「被控訴人」という。)

マルコ製薬株式会社

右代表者代表取締役

小島彰夫

右訴訟代理人弁護士

高橋譲二

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し、三五四六万〇六五〇円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

四  この判決の第一項の1及び第三項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を次のとおり変更する。

(一) 被控訴人は控訴人に対し、一億四九一八万円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

3  右1につき仮執行の宣言

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

(附帯控訴の趣旨)

1 原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

2 控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  特許権の侵害について

(一) 被控訴人方法を忠実に追試した実験結果(甲三)によれば、中間体として物質Pが生成すること並びにその物質Pを被控訴人方法と同一条件下においてさらに加水分解することによってトラニラストが得られることが確認されている。被控訴人が指摘する「水処理」と称する処理は、最も普通に採用される混合物からの物質単離法であり、右処理によって中間体が物質Pに変化することはありえない。被控訴人方法による中間体が物質Pであることは右のとおり実証されており、被控訴人方法における中間体が物質Pの塩酸塩であるという被控訴人の主張については何らの立証がない(乙三八、三九は右主張を裏付けるものではない。)。

(二) 被控訴人が「物質Pの塩酸塩」と称するものの実態は、原料物質である「TRSアミド」が二五パーセント塩酸中で加水分解され、中間体である物質Pが生成し、これが、残存する右塩酸中に存在しているものと解される。

(三) 仮に中間体が物質Pの塩酸塩であっても、化学物質発明の同一性において、当該化学物質である物質Pとその塩酸塩とは同一物質とみなされている。また、物質Pとその塩とはその使用目的及び効果が全く同一であり、両者が化学物質発明の同一性において同一の化学物質とみられることは明白であるから、本件特許発明の技術的範囲に属する。

(四) 被控訴人方法により、原料物質TRSアミドの殆ど全量が中間体(物質P)を生成し、生成した中間体(物質P)は引き続いて塩酸による加水分解によってトラニラストに変換されるのでみるから、右化学物質の生成が同物質の生産に該当し、最終生産物への変換を目的として次の処理に付することが右化学物質の使用に該当する。

2  損害について

(一) トピアス製剤の新制度(建値制)移行の時期について

(1) 船橋薬品に対する原審の調査嘱託の結果及び同会社の回答書(甲三一の二の一)によると、トピアス製剤のカプセルについて、船橋薬品の帳簿には、平成三年九月一日を実施日として、標準販売単価、仕入単価、販売原価は四万六〇〇〇円、値引補償その他のマージンはない旨の記載がなされており、マルコにおいて、トピアス製剤が建値制に移行した時期は平成三年九月一日である。なお、右移行時期の船橋薬品の標準販売単価と仕入単価は同額となっているが、これは船橋薬品が「取扱商品におけるトピアス製剤の占める地位と実績、特に従前取引における薬価差」、「メーカーから指定された新仕切価格の評価」、「他社の予想販売価格」、「右販売単価の期間が次期薬価改訂期までの七か月にすぎないこと」を考えたうえ、最大の薬価差益を医療機関に与える方針を決定したことを示しているのであって、前記各単価が同額であること自体は何ら異例のことではない。平成四年四月(薬価改訂)以後においては、建値(仕入価)に利益を乗せた標準販売単価を定めているのである。いずれにせよ、卸売業者が標準販売単価を定めること自体が新制度への移行の明白な表明である。

(2) 平成四年四月一日をもって薬価は一〇九・三円から八八円に減額され、これに伴い医薬品メーカーが新仕切価(販売単価)を決定ないしは改定することになったが、それに際しては、従前の薬価差を決して減少させることのないように配慮するほか、卸売業者の利益等種々な要因を考慮するのである。その結果、同年四月の新仕切価の改訂額が、トピアスカプセルの場合、平成三年九月の四六円から一六・二円に減額されたが、右減額はこれらの事情からして何ら異とするには足りないのである。

(3) 甲三〇は、マルコが平成三年九月一日に実施した一部製品の新制度移行に伴う「新仕切価表」であるが、その別紙2にはトピアス製剤が明記されている。船橋薬品の前記平成三年九月一日実施のトピアス製剤の仕入価格と右仕切価表記載の単価とは一致している。旧制度から新制度(建値制)に移行する場合、その実施日、品目(包装別薬剤)並びに新仕切価格を表示した書面を取引先の全卸売業者に対して配布することは、すべての医薬品メーカーによって行なわれていたところである。そして、甲三〇の書面中の新仕切価、新仕切価表などの意味が俗称建値制すなわち独禁法上の要請から行政指導により平成四年三月三一日までに完全に移行することを求められていた新制度を指称することは明白であるから、甲三〇の書面は新制度移行に伴う「新仕切価表」であることは間違いない。この点に関し、被控訴人は、甲三〇の新仕切価格は、実際の取引価格ではなく「仮の仕切価」であると主張するが、薬価の約一〇パーセント引きを意味する筈の「仮の仕切価」と一致しないうえ、一部品目だけの「仮の仕切価」を薬価改定の半年前に薬価の四〇ないし五〇パーセントに変更し、これをすべての卸売業者に通知するというようなことはありえないことである。また、被控訴人は右移行時期を平成四年四月一日と強弁するために、乙二五の「案内書」を送付したように後日作成したりしている。

(二) 平成二年一〇月から平成三年八月におけるトピアス製剤の販売単価について

(1) 右期間はいわゆる建値制導入前であり、この期間の被控訴人の卸売業者に対する販売単価は、薬価算定基準となる厚生省の実勢価調査、乙一三の記載、控訴人による被控訴人の購入価格等からみて、薬価基準の五〇パーセントを下回ることはない。

ところで、本件における被控訴人の販売単価、製造原価、経費などはもっぱら被控訴人の財務における事実関係に属することであり、その立証資料は被控訴人側に存在する。このような場合は控訴人において可能な立証資料を提示し、そこから導き出される事実関係から立証事実を推認することに格別の不合理がない限り、一応、立証が尽くされたとみるべきである。被控訴人がこれを争うなら、自らの手持ちの帳票類を提示して反証に供することができるから、右のように控訴人の立証義務をある範囲にまで軽減しても訴訟上の衡平が図られる。

右の観点からすればなおさら、右期間におけるトピアス製剤の販売単価は、薬価基準の五〇パーセントを下回らないことが十分に推認される。

(2) 原判決は、新薬価基準から算出した実勢価が真実の取引価格を正確に反映しているとは認められないとしているが、実勢価調査は我が国の大半の卸売業者と一定の率で抽出された約四〇〇〇の医療機関を対象としており、しかも各製剤のみならずその剤型別に厳格に調査されているのである。平成三年六月のトピアスカプセルの実勢価は六一円であるが、マルコは、平成三年九月から新仕切価を四六円と決定し、平成四年四月一日のトピアスカプセルの薬価が八八円と決定されたのを受けて、右新仕切価を一六・二円に決定しているのであり、右薬価と新仕切価格との間の乖離は取引上の要請によるものである。しかるに、原判決の右認定は具体的な根拠のないものであり失当である。

また、乙一三の一ないし三は、マルコがその最有力卸売業者であるスズケンに販売した医薬品全体についての実績を示しているが、トピアス製剤はマルコの主力製品のひとつであるから、その販売単価(正味仕切価)の薬価基準に対する割合は医薬品全体のそれより小さくなるようなことは決してない。この点においても原判決の認定は誤っている。

(3) 仮に、平成二年一〇月から平成三年八月までの間の被控訴人の卸売業者への販売単価が、薬価基準の半額を下回っていたとしても、少なくとも平成三年九月からの販売単価(新仕切価)を下回ることはない。平成三年九月から新制度に移行した際の新仕切価は種々の要因を加味し、専ら取引上の判断で決定されたのであるから、甲三〇に示された新仕切価が旧制度時代の正味仕切価(卸売業者への販売単価)を下回ることはありえない。右新仕切価は、薬価単位当たり、カプセル(一〇〇ミリグラム)が四六円、細粒一二〇グラム包装が五〇円、六〇〇グラム包装が四〇円、ドライシロップ一二〇グラム包装が五〇円、六〇〇グラム包装が四〇円であるから、これに、争いのない販売数量を乗ずると、右期間のトピアス製剤の売上高は一億〇一一九万円となる。

したがって、右期間の売上高は右金額を下回ることはない。

(4) 原判決は、平成三年二月から同年八月までの間におけるトピアス製剤(カプセル)の薬価単位当たりの販売単価を一五・八四円と認定したが、同単価は平成四年四月一日改訂薬価八八円の下に定められた建値一六・二〇円を下回り、ありえない金額である。また、被控訴人の主張によれば、平成三年度における同剤の薬価単位当たりの製造原価は一一・六五円であり、一般管理費及び販売費は売上の約四〇・六パーセントの六・三七円ということであるから、販売原価は合計一八・〇二円となる。この販売原価からみても、右販売単価は原価割れという異常な価格であることがわかる。

(三) リベートを被控訴人の利益から控除しうるかについて

最終値・歩引(リベート)は一定期間における販売実績に応じて将来の販売促進のため卸売業者に支払われるものであり、特定の卸売業者との将来の取引に着目して支払われるものであるから、特定製剤(本件ではトピアス製剤)の売上高を計算するための販売単価から当該リベートを差し引くことは許されない。

また、本件では、法律上の推定に基づいて控訴人の損害に代る被控訴人の利益が算定されようとしているのであるから、課税の対象たる利益や企業会計原則上の算定と同視することはできず、被控訴人が不法行為によっていか程の利益を上げたかのみが問題とされるべきである。

さらに、控訴人は、研究開発費を除く一般管理費及び販売費の全額について被控訴人の主張を認めているから、既に販売費の中に含められているリベートをさらに販売単価から差し引く理由はない。

二  被控訴人

1  特許権の侵害について

(一) 物質Pの塩酸塩は、次のとおり本件特許発明の技術的範囲に属さない。

(1) 物質Pは本件特許請求の範囲第4項において記載された化学式で表された化学物質であるが、被控訴人の中間物質である物質Pの塩酸塩は、別の化学式で表わされる化学物質であるから、物質Pと同一の物質とみることはできない。

(2) 本件発明の反応混合物中には、物質Pは塩酸塩の形として存在しえないものであるから、両者が化学物質発明の同一性において同一の化学物質であるとみるべき理由はない。また、物質Pの塩酸塩は通常の塩形成手段では製造できず、単離するにも特別な技術的手段を必要とするから、物質Pとその塩酸塩とが同一物質であるとみることは到底できない。そして、物質Pの発明にその塩酸塩を包含させるためには、その塩が特殊であるから特許請求の範囲に「……及びその酸付加塩」というように記載すべきところ、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明中には、物質Pの塩酸塩について何らの記載も存しない。

(3) 原判決は「物質Pの塩酸塩も物質Pと同様に加水分解によりトラニラストに変換される」ことを理由に同一の作用効果を奏することを認定しているが、「トラニラストに変換される」との作用効果は本件特許発明のうち製造方法(特許請求の範囲第5項)に係わるものであり、物質P自体の作用効果ではない。したがって、物質Pとその塩酸塩が同一の作用効果を有する旨認定判断した原判決には根本的な誤りがある。

(4) 被控訴人の製造過程において物質Pは存在しない。すなわち、被控訴人方法において生成される中間体は物質Pの塩酸塩であることが確認されている。甲三の実験において採取された中間体に対しては水処理が施されているため、右中間体は加水分解を受け物質Pに変化したのである。

(二) 仮に物質Pの塩酸塩が本件発明の技術的範囲に含まれるとしても、被控訴人の本件行為は特許法二条三項一号所定の物の生産、使用に該当しない。すなわち、本件では「物の発明」としての物質Pの実施の有無が問われているのであり、「物質Pを生産する方法の発明」の実施が問われているのではないから、「物の発明」の場合に「実施」したといえるには、当該「物」が独立した取引の対象として現存し、存在することが絶対的必須要件となるのである。「物の発明」である物質Pが化学反応の中で一時的に存在するだけでは到底その「実施」を認めることはできないことは明白である。

2  控訴人主張の損害について

(一) 建値制移行の時期

(1) 甲三〇(乙四九)は、被控訴人の製造、販売にかかる医薬品のうち、平成三年九月一日から仕切価格(仮の仕切価)が変更されるものを卸売業者に通知するためにマルコが作成した文書である。被控訴人の医薬品の多くは、平成四年四月一日から建値制に移行したが、建値制へのいわゆるソフトランディングを実現するために平成三年九月一日をもって、<1>旧制度のもとでも一部の医薬品の仮の仕切価を実勢価格に近づけるよう引き下げを行い、<2>またごく一部の医薬品については建値制に移行させることにしたのである。

甲三〇には右に述べた<1>、<2>に関わる医薬品とその価格が記載されており、「備考」欄に※印が付されている医薬品が建値制に移行したのである。

なお、甲三〇(乙四九)は、建値制導入以前の旧制度の下での仕切価改訂の通知書面にすぎない乙五〇、五一と同じ趣旨である。

(2) 控訴人主張の船橋薬品の回答書中、平成三年九月一日の単価はいずれも四万六〇〇〇円であり、同会社の利益を上乗せして販売した形跡はないので、右単価は建値制下のいかなる単価をも表すものではない。右会社は、F価(販売価格)という用語を帳簿への記載の便宜から、或いは単なるミスから使用したものと思われる。また、船橋薬品は被控訴人の問い合わせに対し「マルコの全製品に対するマージンがゼロになった時期は平成四年四月一日からです。」と回答しており(乙三七)、さらにスズケン外の会社に対する調査嘱託の結果等からみても、建値制の移行時期が平成四年四月一日であることは疑いの余地がない。なお、乙二五の「案内書」と株式会社小田島の調査嘱託回答書添付の文書とがその体裁をやや異にするが、これはたまたま二種類の案内文が作成、配布されたにすきない。

(3) 被控訴人も一般論として侵害訴訟における控訴人の立証義務が軽減されることがあることを否定するものではないが、被控訴人はトピアス製剤販売に関しては手書きの伝票に頼っていたこともあり、その販売価格を直接立証する会社内部の資料が存在しないため、被控訴人の主要な取引先であるスズケンに依頼して、各種データが蓄積されているコンピューターからプリントアウトしたものを証拠(乙一八、一九の各一ないし一一)として提出したものであり、その記載内容は正確である。したがって、被控訴人の主張する販売単価には十分な根拠がある。

(二) 製造経費について

乙三は原資料から機械的にトピアス製剤分の数字を抽出したものであり正確である。原判決は、製造経費認定の根拠として甲一九を採用するが、トピアス製剤の製造過程における人件費を全く無視する誤りを犯している。

(三) 研究開発費について

被控訴人は、トピアス製剤を販売した期間に被控訴人が支出した研究開発費の総額を、全製剤の売上高に占めるトピアス製剤の売上高に按分して計上したものであるが、これは、期間損益計算の会計原則に則した極めて合理的なものである。原判決は、具体的費用の算定という不可能を強いるものであり不当である。

(四) 重過失について

被控訴人は、提出しうる限りの客観的かつ合理的な証拠を提出して損害額を開示しており、しかも、控訴人は別件訴訟で被控訴人の工場を見分した機会を利用して、その見分の目的を逸脱して採取した生成物を分析して本件訴訟に及んだことを考慮すれば、重過失がないことを損害賠償額の算定に斟酌すべきである。

第三  証拠

原審及び当審の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、被控訴人が被控訴会法を使用してトラニラストを製造する行為は本件特許権の実施に当たり、原判決請求の原因4の被控訴人の行為は、本件特許権を侵害するものであり、被控訴人の無過失の主張は認められないと判断するが、その理由は次に付加するほか、原判決「理由」欄の一ないし四に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  被控訴人は、物質Pとその塩酸塩とは化学式上異なる物質であり、同一物質とみる理由はないから、被控訴人の中間物質である物質Pの塩酸塩は本件特許発明の技術的範囲に属さないと主張するが、物質Pの塩酸塩もその化合物中の物質Pは何ら変化を受けておらず(甲三)、また、物質Pの塩酸塩も物質Pと同様に加水分解により医薬品として有用なトラニラストに変換されるので、その使用目的及び作用効果が同一であるということができるのである。本件特許公報(甲二)の発明の詳細な説明の項に、特許請求の範囲第1項記載の化合物は、これを加水分解することにより医薬として有用な芳香族カルボン酸アミド誘導体に容易に変換することができ、本発明は医薬品として有用な右誘導体の製造中間体を提供するものである旨記載されており、トラニラストに変換されることは物質Pの重要な作用効果といいうる。そして、乙三八ないし四八によっても、本件において、物質Pとその塩酸塩との間に両者を例外的に別個の物質であるとすべき事情は認められないから、物質Pの塩酸塩も物質Pと同一の物質として本件特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

2  被控訴人方法を使用してトラニラストを製造する行為が物質P又はその塩酸塩の実施に当たらない旨の被控訴人の主張は、独自の見解であって採用できない。

二  そこで、控訴人主張の損害額について判断する。

証拠(甲一六、乙二四)と弁論の全趣旨によると、控訴人は、トラニラスト製剤である「リザベン製剤」を本件トピアス製剤の販売前から製造販売していることが認められる。そうすると、控訴人は、本件特許権を侵害して製造された本件トピアス製剤の販売により損害を受けたものと推認される。そして、右説示(原判決「理由」欄の三)のように、マルコにおいて、被控訴人の実質的な営業部門として本件トピアス製剤を販売したから、特許法一〇二条一項を適用するに当たっては、被控訴人とマルコを一体とみて本件特許権を侵害した者の得た利益を算定するのが相当である。

1  マルコにおける本件トピアス製剤の販売単価について

(一)  平成二年一〇月から平成三年八月までの間について

当裁判所も、控訴人主張の、右期間における本件トピアス製剤の卸売業者に対する販売単価は薬価基準の五〇パーセントを下回ることはないとの事実は認あることはできないと判断するが、その理由は、次に訂正、附加するほか、原判決三二頁二行目冒頭から同四二頁二行目末尾までと同じであるからこれを引用する。

(1) 原判決の訂正

原判決三二頁四行目から五行目にかけて「証拠(甲二〇)と弁論の全趣旨」とあるのを「証拠(甲二一、原審証人古幡開太郎)」と改める。

(2) 附加する判断

ア 証拠(甲二一、当審証人日吉豊嗣)によれば、トピアス製剤を含むトラニラスト製剤の後発品は、平成二年七月に薬価収載され発売されたが、後発品トラニラスト製剤は二〇製品以上に及び、販売競争が非常に激しかったことが認められ、これに、前記認定(原判決引用部分)のように、トラニラスト製剤の販売価格の下限を薬価基準の五割引き程度に抑える旨のヤミカルテルを結んでいた可能性が強いとして公正取引委員会から警告を受けたり、業界専門誌の平成二年一一月号にトラニラスト製剤について薬価基準のほぼ二三パーセントの二五円台で販売されているとの記事が登載されたり、平成三年六月の取引分を対象にして調査された「実勢価格」を基礎に平成四年四月一日に改訂された薬価八八円(カプセル)は、平成二年七月の薬価より二一・三円しか下がっていないのに、マルコの販売価格(正味仕切価格)は平成四年四月一日から薬価単位当たり一六・二円(カプセル)になっている(乙一)こと、しかも厚生省は実勢価格の調査結果及びそれに基づく右実勢価格の決定理由を明らかにしていないことなどを考え併せると、右実勢価格が控訴人主張のように真実の取引価格を正確に反映しているとは到底認めることはできないのである。また、乙一三の一ないし三は、マルコがスズケンに販売した医薬品全体について販売実績等を記載したものであるが、トピアス製剤は前記のとおり販売競争が激しかったから、これとその他の製品の販売単価とを同じように見ることはできないのである。そして、控訴人が船橋薬品からトピアス製剤を購入した際の価格をもってマルコの卸売業者に対する販売価格と認めることができないことは、前記説示(原判決の前記引用部分)のとおりである。

さらに、後記説示のように、マルコにおけるトピアス製剤の新制度(建値制)移行の時期を控訴人主張のように平成三年九月一日と認めることはできないから、右移行を前提とする控訴人主張の販売単価を認めることはできない。

控訴人は、本件における特許法一〇二条一項の被控訴人の利益の立証は、被控訴人の真実の帳簿類が提出されない場合、控訴人において右を立証することは困難であるから、立証資料が被控訴人にあることを考慮し、控訴人の右の点の立証義務を軽減すべきであると主張するところ、損害額推定の右規定が設けられた趣旨及び立証負担の衡平等を考えたとき、右主張は十分首肯しうるところであるが、本件の場合において、右の点を考慮に入れても、平成二年一〇月から平成三年八月までの間における本件トピアス製剤の卸売業者に対する販売単価が薬価基準の五〇パーセントを下回ることはないこと及びマルコにおいてトピアス製剤の新制度(建値制)に移行した時期が平成三年九月であることについては、前記のとおりこれを認めることはできないのである。

以上によれば、本件において被控訴人主張額以上の販売単価を具体的に認定できる証拠はないので、右期間の販売単価は、被控訴人が認めている販売単価を基に考えざるをえない。

イ そこで、被控訴人は、卸売業者に対する正味仕切価からその約九パーセントの最終値・歩引を控除した価格を右販売単価として主張している(被控訴人の平成六年七月二九日付及び同七年一一月二〇日付各準備書面)ので、マルコの卸売業者に対する販売単価を認定するに当たり、右正味仕切価から右最終値・歩引を控除するのが相当であるかどうかについて検討する。

証拠(乙一四の一、二、原審証人朝岡達)によれば、最終値・歩引(特別値引及び歩引はその一種)は、卸売業者の販売の向上と促進や販売代金の回収の促進を図ることを目的として卸売業者の販売実績や代金回収実績をみて決定されることが認められるので、販売単価の値引とは異なり、販売手数料として販売費に含まれるものである。そして、被控訴人の得た利益は売上利益から一般管理費及び販売費を控除して算出されるところ、研究開発費を除く後記認定の一般管理費及び販売費(被控訴人主張の金額)に最終値・歩引が含まれている(被控訴人の平成六年六月九日付及び同年一〇月二六日付各準備書面)から、マルコの卸売業者に対する販売単価は、右正味仕切価から最終値・歩引を控除しない価格すなわち、被控訴人主張の販売単価に前記約九パーセントの最終値・歩引を加えた金額とするのが相当である。

そして、被控訴人主張の販売単価に右最終値・歩引を加えた金額を求めると、カプセル(包装単位PTP五〇〇グラム)は、平成三年一月までは一万三〇五四円(被控訴人主張の一万一八八〇円を〇・九一で除した金額。以下計算方法は同じ。)、同年二月以降は八七〇三円、カプセル(包装単位PTP一〇〇〇グラム及びバラ一〇〇〇グラム)は、平成三年一月までは二万六一〇九円、同年二月以降は一万七四〇六円、細粒(包装単位〇・五グラム×二四〇包、一グラム×一二〇包及び一二〇グラム)は三八六八円、、細粒(包装単位六〇〇グラム)は一万五四七二円、ドライシロップ(包装単位〇・五グラム×二四〇包、一グラム×一二〇包及び一二〇グラム)は三六二六円、ドライシロップ(包装単位六〇〇グラム)は一万四五〇五円となる。

なお、右単価が、薬価が引き下げられた平成四年四月以降の単価より低いということは考えられないから、右単価より低い平成三年二月以降のカプセル(包装単位PTP五〇〇グラム)の単価八七〇三円は採用できず、同カプセルの平成三年二月以降の単価は、平成四年四月以降の単価の一万〇八〇〇円であると認めるのが相当である。

(二)  平成三年九月から平成四年三月までの間について控訴人は、マルコにおけるトピアス製剤の新制度(建値制)移行の時期は平成三年九月一日であると主張するので、この点について判断する。

控訴人は、甲三〇の書面は新制度移行に伴う「新仕切価表」であると主張するが、同書面中の「新仕切価表」という文言は、以前から卸売業者に対する仕切価格を改訂して通知する際に使用していた文言と同じであり(乙五〇、五一)、甲三〇に添付された案内文書(乙四九)にも新制度移行に伴うものである趣旨の文言の記載はない。また、甲三〇の内容を見ても、※印の品目、包装については値引がない旨の記載があり、その品目、包装については新制度移行に伴う新価格を記載したものと考えることができるが、トピアス製剤については※が付けられていない。そして、甲三〇にはトピアスカプセル(PTP一〇〇〇グラム)については仕切価格が四万六〇〇〇円である旨の記載があり、船橋薬品の帳簿にも平成三年九月一日から仕入単価、標準販売単価とも四万六〇〇〇円、マージンはゼロである旨記載されている(船橋薬品に対する調査嘱託の結果)が、仕入単価と標準販売単価が同じであれば、販売費だけ赤字になるという不合理があり、また、前示のようにトピアス製剤は販売競争が激しく、その薬価単位当たりの単価(カプセル)は、平成二年一〇月には既に薬価の半値の五四・六五円以下になり、平成四年四月一日からは一六・二円になっている点からすると、平成三年九月における単価四六円はいかにも高いと考えられる。控訴人は、この点に関し、船橋薬品が販売上の種々な配慮から販売単価を仕入単価と同じにしたにすぎないとか、薬価改訂がなされたときは、医療機関から従前の薬価差の確保を求められるから右単価四六円が短期間に一六・二円に引き下げられても何ら異常ではないなどと主張するが、平成三年九月における単価四六円は、薬価との差は六三・三円であり、改訂された薬価八八円において、右薬価差を確保しようとすれば単価は二四・七円となるのに、それより八・五円も低い一六・二円と定められており、右単価は薬価差益の確保の要請だけでは説明できない程の大幅な値下げになっていること、仮にマルコがトピアス製剤について平成三年九月から建値制に移行したとした場合、マルコは、そのころの医療機関に対するトピアス製剤の販売価格を知っていながら、建値制移行に伴い、卸売業者に利益が全く生じないような価格(卸売業者の仕入価格)を決定したものとは考え難いこと(なお、卸売業者に対するリベートを考慮に入れても、卸売業者の販売費等の経費を差し引くと、右リベートによって卸売業者に利益が生じるかどうか極めて疑わしい。)、そしてトピアス製剤の薬価単位当たりの単価(カプセル)は平成二年一〇月には既に薬価の半値以下になっていてその後も販売競争が激しかったことを考えれば、控訴人の右主張をもってしても、右不自然な点について到底合理的な説明ができたとはいえず、その他の証拠(スズケン、ホシ伊藤株式会社、株式会社小田島、株式会社ヤクシン及び株式会社三星堂に対する各調査嘱託の結果)をも併せ考えると、甲三〇記載のトピアス製剤の単価並びに船橋薬品の帳簿記載の仕入単価及び販売単価は、平成四年四月一日から実施の完全な建値制の下での仕入単価及び販売単価と同じものとみることはできず、実際の販売価格を反映していると認めることはできない。乙二五の「案内書」と株式会社小田島の調査嘱託回答書添付の「案内書」の文言が一部違っているのは不可解といえなくもないが、この点は右認定を左右する程度のことではない。なお、控訴人は船橋薬品の前記単価についてあれこれ推測して主張するが、右単価の記載等を直接説明した船橋薬品の担当者の証言等がないので、控訴人が同じ主張を繰り返しても前記疑問を明らかにすることにはならないのである。

したがって、右期間ににおける本件トピアス製剤の販売単価は右(一)と同じ単価であると認めるのが相当である。

(三)  平成四年四月から平成五年三月までの間について

請求原因5(一)(1)<3>アの事実は当事者間に争いがない。しかし、前記説示のとおり最終値・歩引を右価格から控除すべきでないから、右価格が右間の販売単価となる。

2  販売数量について

控訴人主張の販売数量は当事者間に争いがない。

なお、平成三年一月までのカプセル(包装単位PTP五〇〇グラム)並びにカプセル(包装単位PTP一〇〇〇グラム及びバラ一〇〇〇グラム)の販売数量についても、控訴人はこれを明らかに争わないから、自白したものとみなす。

3  売上高について

本件トピアス製剤の売上高は、右認定の販売単価に右販売数量を乗じた金額であり、別紙計算書記載のとおり一億四四三六万一四七三円となる。

4  製造経費について

当裁判所も、製造原価は七一八四万一八〇〇円であると認定するのが相当であると判断するが、その理由は、「被控訴人の製造原価が薬価単位当たり一〇円を超えることはないとする甲一九は、トピアス製剤の製造過程における人件費、法定福利費、厚生福利費、工場間接費も考慮している。」を加えるほか、原判決四六頁五行目冒頭から同四七頁一二行目末尾までと同じであるから、これを引用する。

5  販売費及び一般管理費について

請求の原因5(三)(1)の事実は当事者間に争いがない。

しかし、特許法一〇二条一項の侵害者の利益を算定する場合において、侵害者が特許権を侵害した製品の製造のために研究開発費を要したとしても、特許権者が右製品を製造販売するには右研究開発費は要しないから、研究開発費を経費に含めて結果としてこれを侵害者の算定利益から控除するのは相当でないというべきである。

また、研究開発費は売上高に比例するものではないから、全製剤の売上高に占めるトピアス製剤の売上高に按分してトピアス製剤の研究開発費を算出しても、その研究開発費は実態を反映しているとはいい難く、右金額を控除すべきであるとする被控訴人の主張は、この点からも採用できない。

6  損害額について

以上のとおり本件トピアス製剤の製造販売にょり被控訴人が受けた利益は、右3の一億四四三六万一四七三円から右4の七一八四万一八〇〇円及び三七〇五万九〇二三円(請求の原因5(三)(1)の五一九〇万二〇〇七円から被控訴人の主張の研究開発費一四八四万二九八四円を控除した金額)を控除した三五四六万〇六五〇円となる。

したがって、右金額が控訴人の被った損害額となる。

7  被控訴人の抗弁2について

当裁判所も、仮に被控訴人に重過失がなかったとしても、その点を参酌して損害賠償額を定めるのは相当でないと判断するが、その理由は原判決四九頁一行目冒頭から五行目末尾までと同じであるからこれを引用する。

三  結論

以上によれば、被控訴人は控訴人に対し三五四六万〇六五〇円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、これと異なる原判決は変更し、被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 矢澤敬幸 裁判官吉岡浩は転補のため署名捺印できない。 裁判長裁判官 寺本榮一)

計算書

<省略>

合計 144,361,473円

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